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 子供の頃、身体の中に、坂を飼っていた。

 

 坂は凸凹していて、自分ではないものが、目から、耳から、入ってくると、そのいくつかは坂を転がる途中で凸凹に引っかかり、ちゃんと止まった。引っかかったものは一定の期間、そこにとどまり、坂の形を変え、飼い主の世界に対する姿勢を変えた。そうして、新しい凸凹の一部になった。坂の形は、凸凹は、年月が経つ度に変わっていった。飼い主が変わることを拒んだとしても、ゆっくりと、だれにもわからないくらいゆっくりと。

 

 飼い主が歳をとると、坂はだんだん、滑らかになっていった。凸凹に引っかからず、目から、耳から、入ってきたものが、そのまま、身体の中を抜けていくようになった。そうすると、坂を転がりきったときの勢いも、凸凹に引っかからない分、削がれるようになっていった。ぬるり、と限りなく水平に近い坂の上を滑っていく、揮発性の何か。坂だと思っていたものが、傾斜を失っていった。今ではもう、ほとんど、何も。

 

 引き換えであったのだ、という声も聞こえる。引っかかって、そのことで頭が一杯になって、満足に寝たり起きたりできないのなら、凸凹なんてないほうがいい。そう望んだのは飼い主なのだと、納得することは簡単だった。けれど私の坂の凸凹に、欠落と過剰に、何の因果か、引っかかったものたちを、私は愛していた。愛していて、手を伸ばし続けていたかった。かれらがみな同じ顔かたちをしていて、私がかれらと会うたびにそれを忘れるのだとしても。手を伸ばすことに何の意味があるのか分からなくても。生きていることに何の意味があるのか分からなくても。

 

  ほんとうは、坂を転がり続けていたのは私だったのかもしれない。そうだ、私は自分が転がるための坂をずっと、身体の中に飼っていた、それだけの話だった。坂を転がりきった先に何があるのか、この目で確かめられる日を待っていた。上がりきった先ではなく、転がりきった先に。水平の片側に重心を預けて、勢いをつけなければ。まだ見たことのない暗闇が、どんな色をしているか見えるように。